夜に、僕は参っていた。

とある公園。広い敷地と大きなアスレチックが売りのこの場所では、大勢の家族連れや子供たちで賑わう、憩いの場━━━だった。自身の脳内で残り香のように漂っている、微かな記憶の中では、そうだった。
そんな平和そうで家族の温かみがあるような場所に本来進んで近付かない人間であることは自覚出来ていたが、今は別だった。
影に飲み込まれた巨大な遊具の塊を背に、僕は立ち尽くして。先刻通り過ぎた雨の足跡を見つめる。
足下の水溜まりに映るのは、力無く灯るのっぽな街灯と、その半分程の身長も無いちっぽけな自分自身だった。
一呼吸置いて、水面に映る顔におはよう、と挨拶をした。この行為は、どうしようもなく皮肉であった。
面を上げると、“星空”という言葉など露知らずとでも言いたげな、薄暗く陰鬱さ蠢く夜空が広がっていた。
その闇に上手く溶けるようなグラデーションで、漂う分厚い雲。その下には、背たけを競い合うビル群。それに負けじと青く光り輝く、街のランド マークの電波塔。
こうして良く良く観察してみると、ひと口に夜と言っても、たくさんの種類がある事が分かる。夜とは、見る日その時々で雰囲気やその表情を変えるも のなのだ。
いやしかし、それは観る人の気分や心理状態に依存するかもしれない。観る人が陰鬱としている心のフィルターを通して観る夜は、それは即ち、陰鬱とした夜と見なされるものなのだ。とは言えど逆に、陰鬱とした様子の夜を観たからこそ、心が陰鬱とする訳では無いのか。そこには疑問が残る。
卵が先か鶏が先か。解決の糸口が掴めない問答の思考時間が、無為に無意味に流れていく。
世間は、もうじき冬に差し掛かるのであろう。少し冷たく乾いた空気が、髪 を揺らした。ただ、身体が寒さで震えるような感覚はひとつも無い。
アジト代わりにしていた公園から抜けて街に向かって歩き始め、ふと思考する。夜の帳が下りる、という言葉があるが、とても美しく見映え良い喩えだと思う。

出自や経緯はよく知らないが、蚊帳という歴史的なもの、かつ俳句等でも季語として扱われる代物を盛り込んでいるのがまた奥ゆかしくて良い。
機能的かつ合理的な人工物に囲まれた現代人達には、とても思い付かないような質素で情緒に溢れた表現だ。
と、散々こき下ろしたところで、自身もその大勢の一部であるということを忘れてはいけない。
所詮凡近である自分は、レトロ=お洒落・流行=俗物という短絡的かつ悪しき図式からは、逃れられないのだ。
こんな下らない思考で気を紛らわす事しか出来ない位には、精神的に参って いた。精神的に参るということに、馴れ始めていた。その馴れ始めている自分がいるという事実に、心底参っていた。
ここで、最初に戻る。
〝終わることの無いこの夜”に対して、僕は参っていた。
この世界が、自分が今まで生きてきた世界では無いことは認知出来た。
正しくは、その答えに至るまでに幾度と無く、自分がおかしくなってしまったのではないかと、まず疑った。
理由として第一に、いつまで経っても睡眠欲が無いことが挙げられた。文字通り、皆無と言っていい。
元来、長期的な睡眠を取らずとも活動出来る人間であったような気もするが、気もするだけであり、正確には分からない。どちらであろうと、自分に睡眠が必要無いものであるということが感覚的に理解出来た。これこそ大き な問題だった。
次に、食欲。こちらも清々しい程に皆無であった。元々、食に拘る人間では無かったような気もするが、それも気がするだけであり、結局のところどち らか分からない。
分からないだらけの中、確かなことは、自分は本来睡眠も食欲も人並みにはある、文化的で最低限度の生活が可能な人間だったという事だ。
ここまでなら、まだ自分だけに起きた問題として片付けることは可能だが、これを優に超える異常事態が今も尚広がっているのだ。
それは、どれだけ時間が経っても、景色が永遠に『夜』のまま変わらないということだった。

これは何の喩えや心理的な状態を指すものではなく、まったくそのまま額面 通り、『夜』から変わらないのである。
更に具体性を持たせて言うと、時計の針が24時より先に動く瞬間、18時を指し示すのだ。平たく言えば、ループしている。世界は6時間で、リセットされるのだ。
暗闇の世界から、瞬間ビル群を照らす斜陽が確認できる。その橙の光を見る 度に、朝焼けの光ではないということに分かりやすく落胆する自分がいた。これだけでも充分異常なことが起きているが、精神を蝕む事案は、これだけでは済まなかった。
人が、まったく居ない。存在しない。
自分以外の人間は、誰もいない。
閑散、なんて言葉が可愛く感じられる程に、気配のケの字もない。誇張なく、世界でたった1人の人間になってしまったんだと。そう思い込む他ない程に、誰も居なかった。
所謂ゴーストタウン状態。
忽然と人間だけが消えてしまったかの様だった。
ただし、人間が住んでいる、生活をしているという名残だけはすべてそのまま残っていた。
人の話し声が聴こえない、どの場所に行こうが賑わった様子は無い。この場所からは消えてしまった。
車や電車は動いている。ただ、座席に人は誰もいない。まるで自動操縦が実現した未来の世界を味わった感覚になったのは一瞬で、あとは気持ち悪さと不自然さだけが残った。頭上を空気を割く音で飛んでいく飛行機にも、乗客は誰一人いないのだろう。冬真っ盛りの今、イルミネーションや店の灯り、街灯が立つ街の様子は面白い程にそのままで、何とも不気味で、余りに寂れた殺風景だった。
やがて僕は、ひとつの仮説を打ち立てた。
恐らく、自分がおかしくなってしまった訳ではなく。
自分という存在を内包する、世界そのものがおかしくなってしまったのだろう。
正常ではない自分を正常と見なすには、そう思い込む他無かった。それ以外は、もう何も否定も、肯定すらもしたくも無かった。

最初こそ動揺したが、徐々にこの異様な『夜の世界』に馴れ始めている自分が居た。適応力こそが、人類史上最も必要とされるスキルであることは自明の理である。
ただ、当然疑問は浮上する。一体全体どうしてこうなったのか、自分は何に巻き込まれているのか。戦争、疫病、はたまたSFで宇宙人による侵略。勿論答えは出ない上に、どれもこれも漫画の読み過ぎと一蹴されてしまいそうな文字列ばかりが浮かんだ。
自分の住処へと帰れば、一体何が起こっているのかが分かるかも知れないと思った。だが、それは砂糖菓子の如く甘ったるく脆い幻想だった。
記憶を頼りに、自身の家に向かう。小さなアパートの6畳1K、生活必需品以外は何も無い━━━下手すれば必需品すら無い程に━━━寂れた部屋。孤独と貧苦を愛する悲しき生き物の巣、という形容が似つかわしい。
この行動の愚かさたるや、正に当初の目論見とは逆効果であった。身辺整理でも行ったのかと言わんばかりに空虚な室内に特別手掛かりも無く、その上長く滞在すればするほど、自分が何者であったのか、何が目的で、何を夢にして生きていたのか。深海に潜るようにして、考え込んでしまう。娯楽も音も生活感も希望もなく、自分が住んでいたという事実以外は何もかもが霧散したこの場所に座り込み、ただ鬱々と、鬱々とする。
大袈裟でも何でもなく、益々自分が生きている意味が分からなくなった。やがて僕は、外に出た。
現アジトである巨大アスレチックの公園を見つけて以降、二度とこの部屋に戻ろうとは、思わなかった。
自分が生きている意味が、分からない。自分がこれまで、どうして生きていたのか分からない。アイデンティティの喪失なんて生温いものでは無い。綺麗さっぱり、自身の脳内からそれらが欠如しているのだから。
自分は学生か、はたまた社会人なのか。街中を歩く時に見かけたショーウィンドウに映る姿としては、凡そ社会人とは言い難い風貌ではあった。ただそれも、全てにおいて想像の域を出ない。
身体の異常に加えて、記憶喪失までこの身に降りかかっているのか。当然ながら、更なる絶望感に苛まれた。
この世界に迷い込んで、何日が過ぎたのだろうか。
いや、そもそも日にちという概念はあるのだろうか。
何周、したのだろうか。それは正に悠久の時間の様に思えた。

電波塔に表示された時計盤が、決まって18時から24時を周回し、永遠に夜を繰り返し、沈黙が肌を舐めるこの世界で、ただただ僕は徘徊を続けた。
疲れを知らないこの身体は、遠出をするのも余りに適していた。肉体的疲労の蓄積も無く、寒暖の閾値振れ幅も少なく、時間も裏を返せば無限にあるのであれば、無計画に宛もない旅をするのも、ひとつだと考えた。
しかしながら結果としてそれは愚策で、結局また元のスタート位置であるこ の街に戻ってきてしまうことになる。感覚的でしかないが、元々の自分がア クティブな人間ではなかったということが、ひとつ分かった。目的が無い旅をする事の虚しさを一番に痛感しているのは、紛れもない事実だった。
また、知らない場所に足を踏み入れた途端、猛烈な吐き気が込み上げて来たのもひとつ自分自身の発見であった。
ただそれは、何一つ嬉しくない発見であり、自分が何処に行きたいのか、何処で生きるべきなのか、再び何も分からなくなってしまった。僕の身体は、心は、この狭い世界に閉じ込められてしまっているのだろうか。そんな人の気も知らないで、相も変わらず街の光は燦爛と輝いていた。
やがて僕は何の意味もなく、歩道のベンチに腰掛け、並び立つビル群を観察する。
一般的によく使われる社会の歯車という表現は、どうもごてごてで油っこい イメージで好きではなかった。代替として、社会の灯火というのはどうだろうか。幾分か繊細で、幻想的な印象を受けないだろうか。
何故そんなことを突然思考したのかというと、先程から注視していたビルは、確か著名で大きな商社で、時刻が22時となる今でも無数の窓が爛々と 光っているのを見たからだ。
じっと観察してみると、別の窓の灯りがぱっと付いたり、ぱっと消えたりする。安っぽいライターのような印象を受けた。
その光に温もり等は存在せず、ただ冷たく鋭い『社会』の閃光が、彼らの身と心を焦がし殺していくのだ。あくまでもその彼ら...人間が実在すれば、の 話であるが。
余りにも無価値で、無意味な思考を、くたびれて生温い溜め息に乗せる。人間が存在し生活を送っているという痕跡は見えるのに、その元々である人間が、自分には、視認できない。何も変わらないこの世界で、自分の精神だけは、明らかに摩耗し底減りしていっている。
ふと、アメリカにあるらしい有名な無響室の話を思い出した。

そこでは、音の99.99パーセントが壁に吸収され、『地球で最も静かな場 所』と呼ばれているそうだ。
厳密にはこの世界に完全なる静寂は無いが、僕以外の人間が存在しない現状、広義の意味ではそう見なしても良いのではないだろうか。
何が言いたいかというと、外部刺激が極端に少ないと、人間は簡単に気が触れる。無響室に入れられた人間は、一時間も経たない内に精神に異常をきたし、視覚的・聴覚的な幻覚を見ることもあるという。体験者の話を聞いたことはないが、周りが余りに静かで、自分が生きている上で当然発する音━━ ━心音等が五月蝿く感じるらしい。
また、似たような話で、何もない白い部屋に入れられた人間が発狂するとい う噂話も、僕が言いたい事に非常に近しい喩えになる。
この夜の世界は、間違いなく僕という人間を追い詰めている。
無響室実験と全く違うことは、僕の発する音は、逆に何も聞こえなくなってきている。
僕は、僕自身と僕自身の生への関心をすっかり失っていたのだ。
そうだ。もう、終わりにしても良いのかもしれない。
自分は頑張った、耐え抜いたと胸を張り言う気も更々無いが、現況として自 身が生を保つ意味や意義は、ひたすらに無いのではないかと。
この世界に、自身の身をもってして『変化』を、投じるべきなのではないかと。
幽霊の様に走っていく車、電車。そして高い建物。想像で俯瞰しようとするだけで、起伏の無かったはずの感情が妙な高揚感で溢れる。その理由は不明瞭だが、視線は自然かつ悠然とそれらにばかり注がれている。
人類が幾星霜もの時を経て積み上げた高水準の文化レベルの遺産が、この何の甲斐も無い生活を壊してくれることを望むのだ。
そう思い、立ち上がり振り返った瞬間、信じられない光景が双眸に飛び込ん できた。
そこに立っていたのは、少女だった。
恐らく人間の、少女。恐らくという言葉を頭に置いたのは、彼女が余りに も、何処で売っているのか皆目検討も付かないような、実に浮世離れしたカラーリングとデザインの衣服を纏っていたからだった。
喩えるに、まるで物語の主人公のような。はたまた未来人、或いは宇宙人のような。非現実的な容姿、風貌だった。

少女は、恐らく古い家電屋なのであろう━━━ウィンドウ越しに積み上げられたテレビ達を何の気なしに眺めているようであった。
僕は面食らいながらも、今後自身が取るべき行動を冷静に分析した。
これだけ長い時間掛けて練り歩いても会えなかった、人間。何故このタイミ ングに。跳ね上がる動悸を抑え、目の前の光景が幻覚ではないことを注意深く確かめた。暫く経って、ようやく声を掛けようと決心した。
声の出し方を確かめるかのように、僕はあの、と力無く声を掛けた。
少女が、ゆっくりとこちらを向く。その水晶のような眼には、警戒の文字は映って無いように思えた。
自分が怪しい人間では無いことを最短ルートで説明するには、どうしたらいいかなど知りもしない。
次の言葉の喉詰まりに狼狽する自分に対し、少女は、優しげに笑いかけてくる。一瞬で、目を惹かれた。近くで見ると益々、人間離れした容姿だった。 その様子は余りにも空想上の、精巧で繊細な人形のようで。それでいて、どこか蠱惑的な雰囲気も纏っていた。
やがて、少女はにこりと笑い、僕の手を勢い良く握った。
僕は再びぎょっとして面食らっていたが、それも束の間で、理解が追いつく前に彼女は僕をその場から連れ出した。
暴走する彼女を静止する言葉を何度も、それも懸命に投げかけるも、どうにも様子がおかしい。
少女は、僕が言葉を発する度に振り返りはするものの、ただ笑いかけるだけ だった。理由を説明する気も、増してや会話をする気も更々無いと言った様子であった。
何処に向かっているかは全く不明瞭だが、彼女は楽しそうな顔で駆けていく。
夜の世界、鬱屈とした空模様の下で。
孤独と静寂が融けた闇の中で。
つい数時間前まで永遠に自死を決意していた僕を、何処かへと誘っていく。 手を引かれて着いた先は、とある古びた、小さなショッピングモールだった。もうその様子は正直、廃れている、と言った方がいいのかもしれなかった。

自身の記憶でも、“元の世界”で訪れたことがある気がしたが、詳しくは良くは分からない。ただ、元来の施設として健康的に機能している様には、とて も思えない。
この街やその近隣の施設はほぼほぼ探索済だが、何故かここだけは感覚的に訪れる必要もない、何なら気味が悪くて避けようと思い、来ていなかった。
シャッター等は閉められておらず勿論警備員等も居らず、こじんまりとした空間が解放されていた。手を引かれるがままに、入っていく。
公園の敷地よりも半分ほど小さなイベントスペースのような広場に隣接したエスカレーターの傍では、申し訳程度かつ乱雑に、イルミネーションやストリングライトが項垂れていた。
そして少女はその広場に僕を連れ出し、ようやく握っていた手を離した。にこり、と笑顔を見せる。
ここが私の隠れ家、お気に入りの場所なんだとでも言いたげな、少し得意げな様子に見えた。
少女は、少しここで待っていてと言うかのように目配せし掌を見せ、通路奥 へと走っていってしまった。
暫くして、彼女が両手に何か物を抱えて持ってくる。
それは、先程も見かけたイルミネーションやストリングライトの束だった。束の大きさから見るに、そこまで長い訳ではなさそうだ。精々数人で縄跳びが出来る程の長さだろう。
彼女は、その紐状のライトを右手で持ちつつ、左手を小刻みに懸命に上下に振った。どうやら、座れと言われているらしい。僕はひとまず適当にその場に座る。
ひょっとすると、彼女は、僕に何か見世物でも披露するつもりなのだろうか。
いそいそとライトの塊を解いていく少女を脇目に、辺りを見渡した。
特別、何か目立つ物が用意されているわけでもない。スポットライトなどがある様にも、思えない。
そもそも、この時間帯に電気はすべて通っていないのではないだろうか。現 に、エスカレーターの近くにあったイルミネーションの類いはすべて消灯されていた。しかも見るからに、少女が持つライトは電池式でなくコンセント式のものだった。
とすると、何故彼女はこの無用の長物を持ってきたのだろうか。どう創意工夫を凝らして、使用するつもりだというのだろうか。

暫くして準備が完了したようで、少女は新体操のリボンのようにライトの端コンセント部分を握り、僅かに体に纏わせつつじっと立っていた。
一体、何が始まるのか。
少女の思考が読めず、ただただその謎の行いを呆然と見送っている。何も考えられず、心が鈍っていたその瞬間。

彼女を纏うイルミネーションライトが、途端に輝き始めた。

何を見ているのか分からなかった。
正に目の前で信じられないことが、起きていた。
慎ましやかに、彩り鮮やかな沢山もの光を纏って。
それを振るわせて。
余りにも静かだった筈の鼓動が、突如鳴った。
静寂と暗闇の中で、全身を迸るみたく脈打った。
彼女は、踊り始めた。
綺麗だった。
それは余りにも、綺麗だった。
それ以外の言葉では、表してはいけない程に。
綺麗だ、と。
自身の口からも、抑えきれずにそんな言葉が漏れた。
感情を抑えきれず、言葉が漏れた。
人の心は十人十色、千差万別だ。
それ故に、心が救われる方法も物事も、人によって全く異なっている。
誰かが嫌悪感を抱き、酷評した音楽も、違う誰かにとっては生きる希望その ものだったりする。
誰かには退屈で胸に響かない映画も、違う誰かにとっては短い人生で幾つ出 会えるか分からない傑作だったりする。
敢えて端的に言うならば。
彼女の踊りは、間違いなく僕を救った。
技術の有る無しなどではなく。
表現力の高さ低さ、微かな記憶による無条件反射なども介在しない。
純粋に、純真に、無垢に、清白に、純潔に。
その光景に、胸を打たれた。
繊細で、非凡で、幻想的で、情緒に溢れたワンシーンに。
自分を永遠とも呼べそうな厭世に引きずり込んだ闇の中で、一縷の光を纏う少女に。
僕は、どうしようもなく目を離せないでいた。
何故か、涙が零れた。
あれ、と不思議に思うも、次から次へと落涙して、止まらなかった。繰り返 し拭うも景色が滲み、ぼやけ、その現象は留まるところを知らなかった。
ぼろぼろと、笑えてくる程に、漫画みたいに、水滴が溢れ出してくる。
渦巻くのは安心、感動、混乱、哀情。どれもこれもがごった煮だったのだろうか。今まであれほど冷静に物事を俯瞰しようと、分析しようとばかりして いた自分の心が、思考が。まったくと言っていいほど読み取れなかった。言語化出来なかった。
何故なのだろう。何故、僕はこの光景に涙するのだろうか。完璧な答えは、 何一つ出そうにもなかった。
ただ、彼女と一緒に居られたら。
今後も、こうして彼女が、楽しそうに踊る姿を見られたなら。
夜明けなんて、無くても問題ないと。
朝など。もう日なんて、要らないんだと。
その時は、本気でそう思った。
















煮ル果実