『創・天国と地獄』特別インタビュー


 昨年2月に第一章「トリコロージュ」、8月に第二章「ヘブンドープ」、11月に第三章「YOMI」のMVが公開された。作風もサウンドも全く異なる三部作のタイトルは、『創・天国と地獄』。

 『オルフェオとエウリディーチェ』、『地獄のオルフェ』等の歌劇から影響を受けて制作された『創・天国と地獄』は、キャラクターの性格からバックグラウンド、世界観までをも開示するというチャレンジングな姿勢が光った三部作になっている。

 らしさを維持しつつ、新たな表現方法を見つけ出した煮ル果実。希望にあふれた「YOMI」のページの次ページを開くと、そこにはただただ真っ白なページが広がっていた。(文 / 小町 碧音)



──『創・天国と地獄』の制作を振り返ってみていかがでしたか。

煮ル果実 今まで作ってきた作品は、絵師さんたちが僕の頭の中に漠然とあった楽曲のイメージから物語や世界観を一緒に考えて作ってくれたり肉付けしてくれるものが多かったのですが、今回は制作時から頭の中に明確なイメージがあって。まず僕が話の根幹を考えるところから始まりました。絵師さんたちに具体的な世界観を伝えた上で、それぞれ、特有の演出も混ぜてもらったんです。今までと全く違うアプローチの創作だったので、かなり難しかったし、時間もかかりましたね。


──具体的にどう進めていったんですか?

煮ル果実 たとえば、カンタロさんにキャラクターデザインなどをお願いした「トリコロージュ」ではMVの絵コンテを僕が全部チェックしたんですけど、舞台の色合いとか、キャラクターデザインも含めて細かく要望しました。とくに『創・天国と地獄』で出てくるキャラクターの中でも、ユウリの複雑な性格と繊細なイメージと過去を表すためのビジュアルが一番難しくて。プロデューサーのように偉そうな立場だったかもしれないです(笑)。理想形を伝えるにあたっての難しさを痛感しましたね。


──そもそも、『創・天国と地獄』を作ろうと思ったきっかけは?

煮ル果実 これまでの作品は、個人的な想いだけで作っていたところがあったんですけど、活動するにつれて多くの人に見られている実感が湧いてきて、制作する際の僕の気持ちに変化が生じていったんです。2021年にリリースしたミニアルバム『POPGATO』のテーマは、創作と、それを取り巻く不特定多数の人との関係性を意識すること。次に僕の心が進んでいくためには必ず提示する必要のあるテーマでした。当時、いろいろと生じた気持ちを『POPGATO』で解放してから、一旦気持ちに区切りをつける意味でも、やっと見てくれている人たちとしっかり向き合いたいと思ったんです。今回、『POPGATO』の延長線上として『創・天国と地獄』を作ることができたのは、本当に良かったと思っています。


──ここからは、三部作それぞれの楽曲の持つ意味について順にうかがっていきたいと思います。まず、第一章「トリコロージュ」で描こうとしたものはなんだったのでしょう。

煮ル果実 「トリコロージュ」では、生活に囚われている人の話を書こうと思いました。人によっては幸せに見えるのが、MVで描かれている桃源郷のような地獄に囚われたユウリの生活なんです。ただ実際、当の本人はもっと成長がしたいとか、ここから抜け出してさらに大きい幸せを掴みたいとか、いろいろなことを考えていて。


──なるほど。

煮ル果実 基本、万国共通認識として、欲深いことは醜いとされるんですよ。でも、欲深いことは濁っているように見えて、実はすごく綺麗なものなんだということを僕は肯定したくて、この楽曲を書きました。


──また、この曲は、プロジェクトセカイのユニット・25時、ナイトコードで。への書き下ろし曲でもありますね。

煮ル果実 プロジェクトセカイに提供することが決まったのもあって、三部作として公開していくことに決めたんですよ。「トリコロージュ」は、『創・天国と地獄』の1作目でもあり、プロジェクトセカイのユニットへの書き下ろし曲でもあったのでダブルミーニング的な意味を持たせた作品になるんですけど、それに加えて『創・天国と地獄』とは関係のない独立した音楽だという意味も持たせたくて。だいぶ時間はかかったし、一番難しいことをした曲だと思います。


──難しさを感じたのはどこですか?

煮ル果実 とくに、歌詞を書くのが大変だったかもしれないですね。2番の歌詞にある<宝石>とか(笑)。今まではもっと難しい言葉を使って書いていた部分をわかりやすい言葉に置き換えて書いたりもしていて。すごく慣れないことをしたと思います。その代わりまた違うスキルを身に付けた気持ちもありました。


──続いては、第二章「ヘブンドープ」。2019年に公開された煮ル果実さんの楽曲「トラフィック・ジャム」のMVで登場するキャラクターに似たジュプタが登場するMVです。いずれもイラストレーター・明石さんが描いているので、関連性があるのかな?と思ったのですが、いかがでしょう。

煮ル果実 たしかに「ヘブンドープ」と「トラフィック・ジャム」は繋がりがあります。まだ詳しくは言えないですけど。関連性が間違いなくあるのはお伝えしておきたいです。


──残虐的なシーンの多い「ヘブンドープ」は、煮ル果実さんがこれまでに表現されてきたダークな楽曲の総括のような印象が強くて。

煮ル果実 社会を生きていると嫌な部分がすごく目に付くことがあるんですけど、「ヘブンドープ」を作っていた時に、本当に許せないことがあって。自分がされたこと、人がされていたことの全部をひっくるめて、気持ち悪いなと思いました。そこで生まれてきたこれまでのすべての暗い楽曲のテーマを凝縮したような最上級の憎悪を絶対、曲で表現しようと思って書いたのが、この曲なんです。別に「ヘブンドープ」を世に出したところで、世界が変わることはないんですよ。海に一滴の水を垂らしたくらいのことしかできていないっていう虚しさも感じながら作っていました。作り終えた後は、黒い感情と一緒にいろんなエネルギーも全部身体から抜けてなくなっていく感じがあって。数カ月くらい曲を作ることができなかったんです。


──そんな精神状態の中、完成した曲だったとは…。

煮ル果実 音を録っている時とかも泣いていたくらい、かなりきつかったですね。こういうエネルギーを使う曲を作り続けると、多分僕が壊れるので数年に一度くらいでいいです。本当にぐしゃぐしゃになりながらいろんな想いを込めたというか。今後もこういう曲を期待している人には申し訳ないですけど、「黒い感情がたくさん積もらないと難しいです」っていうことだけは言っておきたいな(笑)。


──「ヘブンドープ」の舞台は、悪意と圧倒的な力を持つ統治者・ジュプタの住む天国です。天国でありながらも、決して人が安心して住めるような場所ではないですよね。

煮ル果実 「ヘブンドープ」では、どんな創作者でも切り離すことのできないインターネットに蔓延っている人間の気持ち悪さを天国というモチーフに交えて表現しようと思ったんです。一般的には天国は良い場所で、地獄が悪い場所だと思う人が多いんですけど、この作品の世界観では、天国はめちゃくちゃ荒廃していて、治安が悪い場所。一方で「トリコロージュ」の舞台の地獄は桃源郷のように緩やかな幸せがある場所として描いています。一般的なイメージとは逆の世界観みたいなのは、大事にしようと思って作っていましたね。


──煮ル果実さんの楽曲は傍から見るだけでは知ることのできない真実や裏側が描かれていることが多いですが、「トリコロージュ」「ヘブンドープ」も同様に、その要素が随所に感じられます。

煮ル果実 一方で、挑戦したのは、ラップパートですね。今回、僕とv flowerの声でしっかりとラップを入れました。やっぱりヒップホップ、ラップのアプローチって言いづらいことを言ってのける面があったり、音と言葉を詰めることができるので、僕にはすごく向いていると思っています。「ヘブンドープ」は、やりたいことを全部やることのできた曲でしたね。


──冒頭でおっしゃっていた「見てくれている人たちとしっかり向き合いたい」という想いが、ユウリとオウルのふたりでハッピーエンドへ向かうMVの中に色濃く表現されていたのが、『創・天国と地獄』を締めくくる第三章「YOMI」だと思います。

煮ル果実 『POPGATO』から「トリコロージュ」「ヘブンドープ」にかけて描いていたのは、物事を考える自分とそれを表層的に捉えている誰か程度の曖昧な感じだったんです。でも、最後の「YOMI」だけは、‟僕と君”の関係性を明確に定義することができたと思うんですよね。なので、初めてそこで視界がクリアになった感覚もあったし、ようやく僕はこうした作品を書くところまで来たんだって実感できました。


──現代社会の闇を描かれることの多い煮ル果実さんの作品にしては、珍しくポップで、最後は心が温かくなるという結末でした。

煮ル果実 今までであれば、とことん絶望で終わるか、絶望なのか希望なのかわからないまま曖昧に終わるかのどちらかだったんです。ただ、「YOMI」を作る時は違っていて。ちょっとした大衆性をはらんだ希望を描くことができたというか。別に暗く終わるのも好きだし、明るく終わるのも好きだけど、物語の終わり方は自分で決めたいと思って、今回は希望のある終わり方を選びましたね。



──「YOMI」は煮ル果実さん×v flowerによるコーラスも入っていて、ライブで盛り上がるのにぴったりな曲でもあります。

煮ル果実 「YOMI」は、讃美歌をイメージして取り掛かった曲だったので、v flowerと一緒に歌ってみました。3、4年前くらいの曲は、割とライブを意識して作っていた曲が多かったんですけど、コロナ禍でライブができなくなってからは、ライブを意識しないアプローチで曲を作っていくようになっていったんです。でもようやくライブが復活してきたこともあって、また戻ってくることができたというか。ライブでやることを想像して書くことができたという意味ではかなりターニングポイントになった気もしますね。


──最後の<芯まで熟した 劣等の賛美歌を>は心に残る素敵な言葉ですね。

煮ル果実 僕は誰よりも優れていないなとずっと感じていて。そんな僕が音楽をしている意味とか、このボーカロイド文化で活動していく上での居場所ってなんだろうなと最近よく考えるんですね。その時に出てきた言葉が、この言葉なのかなって。「YOMI」を通して、ポジティブになることができるような並びの言葉の研究ももっとしていきたいと思いました。


──ここにきて新機軸を打ち出してきた感じがあります。

煮ル果実 今までの煮ル果実の作品と比べても、間違いなく異質ですもんね。『POPGATO』で描いたテーマが、「トリコロージュ」と「ヘブンドープ」を作るにあたっての強烈なエネルギーにはなっていたんです。でも、先に進もう、進化しようっていう気持ちの足を引っ張るものにもなっていた気がして。ある種の『POPGATO』の呪いを全部吹き飛ばしてから、次に行きたい気持ちがすごくあったので、最後の最後に異質でポップな「YOMI」が完成したんですよね。そこで初めて『POPGATO』の呪いが解けたというか。


──‟僕と君”の関係性を証明することのできた「YOMI」を起点に煮ル果実の新たな物語が始まると。

煮ル果実 ちなみに、MVの最後の方に出てくるクリーチャーをデウス・エクス・マキナのような上位存在として描いているんですけど、その上位存在は「YOMI」の異質さ、ポップさに対する当て付けっていう。今までの僕の作品は、自分にも他人にも向いた皮肉を込めることが多かったんですけど、「YOMI」では、異質でポップなテイストの曲に対して皮肉を込めています。今まで通り、皮肉もきちんと生かしている点では、僕の作品の色を出すことができたと思いますね。


──『創・天国と地獄』を作り終えての感想を教えてください。

煮ル果実 一作ごとに挑戦もしたなと思っています。基本的に僕は、過去に作った楽曲の要素を新しい作品に入れる時、そこにきちんと意味を持たせているのであれば、全く問題ないと考えるんですよ。でも、意味を持たせない焼き回しは、成長の停滞とか、ただの人気取りなだけと思っていて。『創・天国と地獄』は今までの作品の要素を踏襲した部分もありつつも、たくさん新しいことにも挑戦したので、かなり満足しています。


──最後の質問になりますが、今後作っていきたいものはなんですか?

煮ル果実 過去に僕がすごく夢中になれることがあったんです。徐々に環境とか時の流れでその熱は冷めていったんですけど、ふとしたはずみで再燃したんです。そこで、夢中になれたそれに対する存在の儚さとか輝き、美しさにすごく感銘を受けて、『創・天国と地獄』の完成へと繋がりました。今は全く理解をしてもらえないとしても、どこかのタイミングで僕の音楽を「これ、こういうことだったのか」とかって思ってもらえるような音楽を作りたいです。今後もいつか咲くための種みたいな希望を蒔いていきたいなって。


──素晴らしいです。

煮ル果実 あとは、僕の曲を聴くことで、僕の心がどんどん変わっていく様子をみんなにも感じてもらえたらすごく面白いかなって思います。ただ、今後も変わらずに、自分も他人も救うような言葉を書くことを続けていきたいですね。


──気づきを与えてくれる作品群を今後も楽しみにしていますね。

煮ル果実 ありがとうございます。僕も気づきを与えてくれる音楽に憧れて曲を作ってきている人間なので、いろんな人にとって刺激になる音楽を出していけたらいいなと思うし、何年経っても色褪せない曲を生み出すことができたら最高ですね。『創・天国と地獄』はそういう気持ちになるために必要な作品だったんじゃないかなと今、感じています。