遊園地を舞台に、主人公・ムウの爽快なアクションが展開する3Dアニメーションと、ポップなサウンドメイクの深層で燃える感情が解き放たれる、最新アルバム『MWLÁND』の開園を告げる1曲目「ムウ」。サビの研ぎ澄まされたギターサウンドで、足踏みする日々が再現性高く描かれる傍らに存在する勇猛果敢な心が、この物語を延長するスパイスだ。「人生はゲーム(煮ル果実)」「待っているだけじゃダメ(BAKUI)」――。二人の言葉こそが、すべてだった。(取材・文/小町碧音)


──「灰Φ倶楽部」以来の対談インタビューですが、BAKUIさんは、前回と比べて制作の過程で変化を感じたところはありましたか?

BAKUI 制作の方法自体は「灰Φ倶楽部」の時と大きく変わっていないです。「灰Φ倶楽部」の時は、自分の知識だけでなんとかしようとしていたところがあったと思います。もっといろんなことを知らなきゃいけないなと強く感じるきっかけにもなったので、「ムウ」では、これまでやったことのない表現を取り入れながら制作しました。「灰Φ倶楽部」の時よりも、作品に対する姿勢が変わったんじゃないかなと感じています。

──「灰Φ倶楽部」がホラーの要素を多く含んでいたのに対し、「ムウ」はサウンドやMVのカラーがポップで、最初に聴いた時の第一印象は明るかったです。

煮ル果実 今回、ホラー要素は入れていないんですけど、僕たちの作風には元々どこかホラー的な雰囲気があると思っています(笑)。理不尽さを表現するために、少しホラーのイメージを取り入れることはよくあるんですよ。僕は、その怖さを音で自然と表現していて。例えば、2番のサビ終わりの間奏後の〈失った 何度間違った?〉の部分で、ベースの音とリズム、そして歌だけになるところがあるんです。ああいうふうに音が極端に減ると、やっぱり怖い。特に低音だけになると、その恐怖感が一層強まる感じがするし。そこで、BAKUIさんがあえてショッキングなシーンを挟んでくるのを見て、「さすがだな」と思いました。あのシーンは、主人公ムウがさまざまな感情を抱く場面であり、同時にムウの人格が形成されていくきっかけにもなっています。恐怖の象徴に立ち向かうまでの流れがすべて込められていて、本当に凄まじい手腕だと感じました。

BAKUI すごく低い音のフレーズを聴いた時、ここには人の記憶に残るような怖さを表現しようと思いました。煮ル果実さんに喜んでいただけて嬉しいです。

──「ムウ」はどんな着想から生まれたんでしょうか。

煮ル果実 今までのインタビューでは、オマージュ元になった作品について明かすことが多かったんですけど、今回はそういったものが特になくて。2023年8月に「魔天楼」で初めてボカコレに参加した直後、自分の奥底から生まれた感情をもとに音だけを作りました。その時に大事な曲になる予感がして、しばらく寝かせておいたんです。歌詞はその後に書きました。強いて言うと、曲名は、制作当初から決まっていて、この楽曲は「ムウ」以外考えられないという確信めいた感覚が、ずっとありました。

──これまでと違い、特段オマージュ元がない状態での制作となったことは、BAKUIさんのクリエイティブに何かしらの影響を与えたのでは?

BAKUI はい、かなり悩みましたね(笑)。普段は、事前に教えていただいた映画などの作品を観てからイラストを制作することが多いんですけど、今回は自分で「ムウ」に合う作品を探そうと思い立ちました。歌詞にメタバースやゲームを連想させる言葉が含まれていたので、まずは関連しそうな作品にいろいろと触れてみました。観た映画の中では、特に『レディ・プレイヤー1』が好きで。あとは『Minecraft』や『UNDERTALE』など、いろんなゲームもプレイしました。

煮ル果実 僕も『UNDERTALE』は大好き。人生でプレイしたゲームの中で、これまでもこれからも間違いなく一番と言える作品です。今回の「ムウ」のMVを見て、「もしかして『UNDERTALE』が好きなのかな?」と薄々感じていたので、取材前に聞いてみたら、本当に好きだとおっしゃっていて。嬉しかったです。

──MVの舞台を遊園地にした理由から教えていただけますか?

BAKUI 曲名がアルバムのタイトル『MWLÁND』に由来しているので、聴いている人をアトラクションに乗っているような気持ちにさせたいと思ったんです。アトラクションで、一番先に浮かんできたのは、ジェットコースターでした。まず描くにあたっては、実際に遊園地に行くのが一番早いと思ったので、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行ってきました。『マリオカート ~クッパの挑戦状~』に乗った時に、ARゴーグルをかけるとキャラクターが出てきて、一緒にレースするんです。キャラクターと一緒に動けるアトラクションは本当に良いなと思ったので、ジェットコースターとキャラクターたちが一緒に飛び回るイメージを描いてみました。また、「灰Φ倶楽部」の際にも遊園地の要素を入れてほしいというお話があったので、それをさらに発展させた面もあります。

──MVに登場するHPバーなど、ゲームの世界観も印象的です。これは煮ル果実さんの発案だったんでしょうか。

煮ル果実 「ムウ」はまさにゲームの世界観がベースで、僕が渡した資料にも、オンラインゲームやアバター、キャラエディットみたいな演出があるといいな、というメモを残していました。

BAKUI 偶然にも、楽曲のテーマが自分の好みにぴったりとハマることが多いんですよ。「アメリ」の時は、ちょうど『ハリー・ポッター』を観ていたところだったので、すごく入り込みやすくて。「ムウ」の時は、私自身、ゲームがめちゃくちゃ好きなので、楽しみながら制作できました。

煮ル果実 僕はわりと「人生はゲームだな」と思うところもあって、ゲームの世界観を表現できる作品には強く惹かれるし、自分の作品にもそうした要素を生かしていきたいと考えています。

──BAKUIさんのMVをご覧になった時、率直にどう感じましたか?

煮ル果実 完成した映像をリラックスして観ようと再生したら、ラスサビで僕、泣いてしまったんです(笑)。何が起きたのか自分でもわからないまま、自然と涙が溢れてきた感じです。実は今回、制作にあたっては、初めて歌詞の意味をすべて説明したんですよ。

──え、そうなんですか?

煮ル果実 他のアーティストさんにもこれまでも基本的に歌詞や曲のテーマを解説しながら制作を進めてはきたのですが、歌詞すべての意味を細かく、というのは今回がほぼ初めてで新鮮でした。僕が伝えたい思いを概念としてまとめ、さらにBAKUIさんなりの解釈を加えて、最終的にカタルシスを感じるような仕上がりにしてくれたところが本当に素晴らしかったです。

──BAKUIさんは、歌詞の説明を受けてから制作を進める上で、苦労したところや、逆にやりやすかったところはありましたか?

BAKUI ありました(笑)。悩んだのは、〈ありったけの不幸・不条理も理由に置き換えよう〉というフレーズですね。MVの内容はストーリー仕立てにしたので、キャラクターの行動を描くのも一つの手だったんですけど、この部分に関しては行動で表現できないなと思って。心象風景として描くことにしました。歌詞の意味の説明があったことで、煮ル果実さんのおっしゃっていることがよく理解できたのは、良かったんじゃないかなと思っています。また個人的に刺さったフレーズもあって。

──例えば?

BAKUI 〈ハイセンスぶって消耗し果てる新星〉や、〈抗った 振り切った 生存バイアスを〉です。自分のことを言われているみたいで、「痛い、痛い、痛い……!」と思いました(笑)。

煮ル果実 「これは自分のことだ」って苦しむ人がいるだろうな、しめしめと、皮肉を込めて書いた歌詞だったので、そう言ってもらえると嬉しいです(笑)。

BAKUI 煮ル果実さんの歌詞は、毎回読むたびにドキドキするんですよね。「ムウ」が公開されてから、改めて歌詞をじっくり読んでみました。そしたら、家族にも「これ、あんたのことじゃん」と言われてしまって。「そうですよね…」って(笑)。

煮ル果実 すごいこと言うな(笑)。

──楽曲を受け取られた際、BAKUIさんの頭に真っ先に思い浮かんだ映像がどんなものだったのか、とても気になります。

BAKUI 最初に浮かんだのは、MVのサビでキャラクターがくるくると回って踊るシーンです。「ここは絶対に描こう!」と思いました。ムウが敵対する赤い顔のキャラクターとの戦闘シーンも、頭に浮かびましたね。このシーンも絶対に描くことを決めていました。

──映像の鮮烈さと同様に、サウンドもまた特にサビがキャッチーで、新たなアプローチが取り入れられていると感じました。

煮ル果実 今回は、音をできるだけ減らそうとしました。どんなに音を重ねて作っても、それで曲のメッセージが伝わるなら、問題ないと思います。でも、「ムウ」は必要最低限の音だけに絞っていて、むしろ音が鳴っていないように聴こえる方が最高。余白を表現するために意識的に音を減らした部分もあれば、自然とそうなった部分もあります。

──1番Aメロの0:10で聴こえるため息のような音も、曲に自然と溶け込んでいますね。

煮ル果実 あの音を入れたら、音の湿度が増していい感じになったんですよね。リバーブを駆使した音作りは、今回が初めてに近いんじゃないかな。今までの作品では、リバーブはできるだけ消していたんです。ボーカルのリバーブもほとんど使わずに、Bメロなどで効果的に使うくらいでした。そういう意味では、今回は新しい試みだったかもしれません。また、打ち込みよりもバンドサウンドを意識して制作したのも、最近の作品では珍しいです。今回は全体的に生楽器の音を意識して制作しました。冒頭はエレクトロ調ですけど、サビに入るとバンドサウンド風にして躍動感を出しています。

──歌詞に散りばめられたパワーフレーズの一つひとつに、強いこだわりがうかがえます。その点についてはどうでしょう?

煮ル果実 今回は、サビの冒頭の〈死を待つように愛を待つ〉というフレーズをどうしても入れたかったんです。ただ、その後の展開についてはかなり悩みました。「こういうことを伝えたいけれど、どんな言葉にすれば皆に受け入れてもらえるだろう?」と考えながら進めていました。でも、自分の気持ちややりたいこと、伝えたいことは絶対に貫くスタンスで制作しているので、この〈死を待つように愛を待つ〉という部分は絶対に譲れなかった。ここが軸としてあったからこそ、他の部分もうまく書けたと思います。

この曲を聴いて共感してくれる人は、きっと僕とどこか似た部分を持っているんじゃないかと思います。誰もが似たところを持っているものだし、もちろん、作品でそうじゃない面を出すのも美しいことだと思っていて。でも、そうした「人間らしい部分」をしっかり表現することは、僕にとってすごく大事なんです。これまでもそうだし、これからも大切にしたい。そうすることで、自分は「人間」を描ける。音楽で人間を表現するとは、きっとそういうことなんじゃないかと感じています。

──BAKUIさんも似た感性をお持ちのひとりとして、「ムウ」からどんなメッセージを受け取りましたか?

BAKUI 待っているだけじゃダメなんだなって。もっと自分から動かなきゃいけない、もっと頑張らなきゃいけないんだと思いました。ありきたりな表現かもしれませんけど、本当に大きな原動力をもらえた気がします。

煮ル果実 そう言ってもらえるのが一番嬉しいですね。聴いてくれた方がそう感じてくれることこそ、僕が目指していたゴールだったので。僕自身も、どうしようもない無気力感や無力感から抜け出したくて生まれたのが、この曲なんです。どんなことをしていても、そうした気持ちに陥る人はいると思いますけど、そんな時にどう前に進むか、あるいは進めなくてもどう続けていくかが重要なわけで。僕が僕自身をこの曲で救うように、聴いた人にとっても、何かを続けるきっかけ、あるいはそうした感情を発露させるためのスタートにしてもらえたらいいなと思います。

──最後に、BAKUIさんからリスナーへのメッセージがあればお願いします。

BAKUI はい。実は、〈本当の今日が始まるから〉というラストシーンで、ジェットコースターの形が「MW」に見えるように仕掛けています。めちゃくちゃ小さい隠し要素ですけど、他にもいろいろと仕掛けがあるので、気づいてもらえたら嬉しいですね。