2023年8月11日公開の「魔天楼」、『ボカコレ2024冬』REMIX参加曲「春嵐」(john)に続く、イラストレーター・エラハイコとの共作は、今回で3作目。そうして生まれた作品が、この「ムーンガイズ」だ。怪盗・ドーンに導かれた、羨望の的であるスター・ミッドナイトの姿も描かれた「魔天楼」から、本作では、ミッドナイトの視点でストーリーが紡がれる。ほのかに聴こえる、高空を象徴するアンビエントなサウンド。イラスト、ムービーを担当したエラハイコとの対談インタビューを経て、レトロゲームの投入口へ吸い込まれたコインの音が、現実を起動させた。(取材・文/小町碧音)
──エラさんを知ったきっかけから教えてください。
煮ル果実 Twitter(現:X)でイラストレーターさんを探している時に、エラさんのイラストを見つけて、すごく好きだなと思ったんです。その後、TwitterでボカロPのエイハブさんと一緒にMVを制作されているのを知って。運命的な再会というか、僕のセンサーが反応して、一緒に作品を作りたいと思いました。
──作風のどんなところに惹かれたんですか?
煮ル果実 繊細な描写の中に潜んでいる、ある種の凶悪さが感じられるところですね。でも、それだけじゃなくて、他の作品を見ると、ポップさも共存していて。
エラハイコ その頃は、もっと別の可能性を探ろうと、挑戦的な試みをしていた時期だったのかもしれません。ちょうどそのタイミングで煮ル果実さんに見つけていただけたのかなと思います。
──煮ル果実さんから「魔天楼」のMV制作のお話をいただいた時、どう思われましたか?
エラハイコ 当時、自分自身の創作性を模索している時期で、正直、お受けするかすごく迷っていました。自分にとってギリギリのポップさが出せるかどうか。わからなかったんです。
煮ル果実 エラさんが持っているポップさは、「ポップ」という言葉の持つ大衆的なイメージとは違うんですよ。全然安っぽくない。むしろ、研ぎ澄まされた中に、それがしっかりと組み込まれている。洗練されたポップさを持っている人と一緒に作品を作りたいと、僕はいつも思っているんです。「魔天楼」は、まさにその化身といえる作品だったので、誰と制作するか考えた時、エラさんに決めました。公開されている作品はもちろん、Twitterでの言動など、人となりを見て、エラさんとなら一緒に良い作品を作れると思った。
エラハイコ Twitterでの言動まで(笑)。
煮ル果実 ははは(笑)。ストーカーみたいで申し訳ないんですけど、僕は一緒に作品を作る上で、その人が作品に対して真摯に向き合っているか、自分自身を進化させたいと思っているか、人との化学反応を尊重してくれるか。そういうところまで見るようにしていますね。
──そんな煮ル果実さんに対して、エラさんはどんな印象をお持ちだったんでしょうか。
エラハイコ 煮ル果実さんの「トラフィック・ジャム」と「ヲズワルド」が好きなんですけど、どちらも重たい曲だったので、最初は「重たい曲を作る人」と見ていました(笑)。でも、他の曲を聴いていくうちに、いろんな見せ方ができる方だなと思うようになりました。
──「ムーンガイズ」を制作するに至った発想の源はなんだったんですか?
煮ル果実:そもそも、ボカコレに出すことを前提に作ったのが「魔天楼」で、それがなければ「ムーンガイズ」は生まれていなかったと思います。今までただ観る側だった自分が、思い切って作品をボカコレに出してみたら、希望を持って参加する人たちの輝かしいエネルギーや活気を感じた反面、それだけでは到底カバーしきれないほどの闇の広がりも感じたんです。想像していた通り、スポットライトは奪い合いで、消費されるものの中心にいる世界。輝くものへのカテゴライズや、スター性を惰性で持ち上げたり、流行とリスナーの能動性に左右される。怒りや複雑な感情が次々と湧いてくる。本当に、ここは、やばい世界だなと思いました。まさ「魔天楼」そのもの。そこで新たに得た感情の着地点を探していたんですよね。どう希望へと昇華させていくかが、「ムーンガイズ」のテーマになりました。
──今回のMVは、8bitテイストなゲーム画面が終始、印象に残る仕上がりとなっています。
エラハイコ MVには、スマホの画面の周りのフレーム部分も描いているんですけど、スマホの中をイメージした映像にすることは結構大事にしていました。今の視聴者は、なんでも、スマホで操作するじゃないですか。それで、最初から「スマホの画面の中に映像を映すのがいいよね」と煮ル果実さんと話をしていて。アナログっぽい画面のアイデアも、煮ル果実さんがアーケードゲームをモチーフにしたいとおっしゃっていたことを反映させています。
煮ル果実 ゲームのような現実ではない世界に存在するものは、結局は僕ら人間が操作してこそ成り立つものだと思うんです。そうしたところに今のインターネット上での創作全般との親和性を感じるんですよね。ゲームのスタートも、ちょっと現実的というか、フィジカルな部分があるほうが、僕的にはいいなと思っていて。アーケードゲームのイメージが強かったので、筐体の写真をエラさんに送ったりもしました(笑)。
エラハイコ 私もゲームは好きで、ゲームをやっていると強くなった気持ちになるというか。自分が主人公として活躍しているイメージがあって。自分の体ではできないことがたくさんできるのが嬉しいんです。私自身、小さい頃や学生時代はゲームやアニメに夢中だったんですけど、大人になってからは忙しくて、なかなか触れる機会がなくなってしまって。最近になって、童心を取り戻したいなと思ってゲームを再開してみたら、やっぱり救われる部分がたくさんあった。そういう経験を、負けないでほしいという気持ちを込めて、ミッドナイトにも反映させたいと思いました。「ムーンガイズ」では成長するミッドナイトを描いていて、途中で姿が変化していくシーンがあります。
煮ル果実 僕は音楽や歌詞の意味において、「魔天楼」の時はもっと全体を見ていたんですよ。ただ、それはある意味、想像でしかなくて。ボカコレに対する想像をもとに書いた部分が大きかったんです。ボカコレで湧いた一つの感情を例えるならば、今回の作品は一人の人間の物語を書いた感じ。
──お二人のお話をうかがっていると、ミッドナイトには、現実の姿が投影されている部分も大きそうですね。
煮ル果実 歌詞で書きたかったのは、成功者だろうと落伍者だろうと、信念を突き通して理想を叶える道のりも、そこにたどり着いたとしても、ずっと孤独なんじゃないかということ。僕はまだたどり着いていないから想像するしかないんだけど、成功した人たちの話を聞いても、やっぱりそう思う。どれだけ人に囲まれていようと、お金があろうと、名声を勝ち取ろうと、孤独はつきまとうものなのかなって。幸せとは本当にあるのか、孤独じゃなくなる時が本当にあるのか。そういう不安が、「ムーンガイズ」に凝縮されているのかなと思いますね。ミッドナイトはほぼ一人で、ただ孤独に立っている。これは孤独に立ち向かっていく人の話なんです。
エラハイコ すごく共感できます。何かを作って発表して、また作って発表して…を繰り返していても、真に満たされることはない。結局、また繰り返してしまうんですよね。見てくれる人に向けて何かを出し続けることで、また孤独を感じて、寂しい気持ちになる。「何もないな」と思ったりするんですけど。「ムーンガイズ」のMVは、最後のシーンと最初のシーンが繋がっていて、リピート再生すると、その繰り返しが永遠に続くように見える仕掛けになっています。孤独の先にあるのは、また繰り返しなのかなって。
煮ル果実 孤独の先は孤独じゃない、なんてことはないですよね。孤独の先にあるのは、やっぱり孤独だと思う。
エラハイコ 個人的には、目先のことを考えて生きていきたい気持ちもあって。ゲームの話に戻ってしまうんですけど、ゲームをやっている時は、指先の動きだけに意識が向いているんです。ゲームに限らず、漫画やアニメも同じ。そういう意味でも、「ムーンガイズ」では、ゲームに救われた気持ちを描く必要があった。「ムーンガイズ」のミッドナイトが救われていたのは、ゲームの世界のドーンだったんだと思います。
──スター性を持つミッドナイトに対して、ドーンは闇に潜んで活動する怪盗で、まったく対照的なキャラクターです。それぞれが異なる場所で、違った輝きを放っている。
エラハイコ 思い返すと「魔天楼」では、ドーンにかなり無茶な動きをさせていました(笑)。煮ル果実さんがさっきおっしゃっていたように、当時は自分が出せる最大のポップさを目指していたので、ドーンの救えるものは救う、主人公的な精神が、私のポップさと重なったんだと思います。
煮ル果実 実は「魔天楼」は『ペルソナ5』がリファレンスになっていて。だから、歌詞にも「奪ってくれよ」というフレーズを入れたり、『ペルソナ5』のキャラクターがちょっとキレる時の音や効果音をサンプリングしたりもしていたんです。今までの自分の作品にはなかった怪盗をテーマに、エラさんが描いてくれて嬉しかったですね。
──「ムーンガイズ」のMVでは、〈飛び込んで〉という歌詞のところで、新キャラのグレアが一瞬だけ登場します。
煮ル果実 最初はもっとグレアを出そうと話していたんですけど、最終的にはあの形に落ち着いた感じですね。
エラハイコ 「ムーンガイズ」では、ミッドナイトには強く生きてほしいという気持ちが強かったんです。その中で、グレアはミッドナイトにとって敵のような存在。だから、倒すのか、それとも受け入れて共存するのか…そういう葛藤がありました。最終的には、ミッドナイトのこれからに期待を持たせる形で、深く語らずに一瞬だけ登場させました。
──今回の制作で、大変だったところはありましたか?
煮ル果実 そうですね。今回、月をテーマにするのはちょっと悩んでいたんですよ。月を軸に作品を作りたいとは最初から思っていたんですけど、すごくありふれたテーマだなと感じたりもして。歌詞を書くギリギリまで尻込みしていたんです。でも、その頃、月人という敵が出てくる漫画『宝石の国』を読んでいて、すごく背中を押された気分になった。そこでやっぱり、みんなが抱く月についても描きつつ、自分なりに解釈した月を表現しようと思いました。
──曲名の「ムーンガイズ」の持つ意味については、どうでしょうか。
煮ル果実 海外では、男女混合でも、女性だけをさす意味でも「ガイズ」が使われるので、この「ガイズ」は、ミッドナイトとドーンの二人を示す言葉として捉えてもいいと思うんですけど。それはあくまで、映像と組み合わせた時の話であって。僕としては、音楽だけを聴いている時は、性別関係なく、一人ひとりの物語であってほしい。そういう想いがありました。僕とあなたたちの物語というか。そして月が浮かんだのは、手が届かないけど美しいもの、欠けても光を奪われてもなお美しいと思われるものに重ねたから。
エラハイコ 無垢な兵隊(ソルジャー)たちが、何かを率いている感じがすごくいいなと思いました。〈Moonguys Moonguys 僕らはまだ〉と歌う歌詞のところで、みんなが拍手しているシーンがあるじゃないですか。あそこも、みんなで戦っているイメージがあって、すごく好きです。
煮ル果実 ありがとうございます。僕たち人間は、完全に分かり合えることはないと思うんです。家族であっても、誰であっても。冷たい言い方かもしれないけど、分かり合えていると思いたいだけ。でも、そうやって人は関係を築いていく。それが人間の良いところだと思っています。完全に分かり合ってしまったり、相手の考えていることや行動をすべて理解してしまうのは、違うんじゃないかと。そうじゃないからこそ、美しいものもあれば、醜いものもある。僕たちは孤独同士で戦っているけど、共通する何かを持ち寄って、その熱を一緒に作り上げている。ライブも同じで、共感してもらえるその瞬間だけは、確かに分かり合えている感覚があって、大事にしたいと思える。自分たちの心を鼓舞するものが「ムーンガイズ」にはあってほしいです。
──孤独なミッドナイトは現実社会に存在する私たち自身を映す鏡でもある。時には力を合わせ、強い気持ちで生きていきたいものですね。
煮ル果実 これは決して楽しい曲やただ盛り上がる様な曲ではなくて。物語としては、確かに希望には繋がっていく。でも、やっぱり、世界は絶望に塗れているんだと人によっては落胆させてしまうかもしれない。ただそれを理解しながらも、なお歩み続ける人達に届けたい歌です。