いよわと煮ル果実の共作「ファイアঌフライ」は、イラストレーター・はるもつ(頃之介)の手によって、もともとの真髄がさらに拡張し、鮮烈な閃光を解き放つ映像作品へと深化したといえるだろう。曲の中をゆらゆらと泳いでいるのは、憂い。足元が揺らぐ不安定さが徐々に高まるなか、いよわのピアノと煮ル果実のギターが奏でるハーモニーがその先で流麗に溶け合う。心地よさを超えた究極のグルーヴに隠された秘密とは?(取材・文/小町碧音)


――「ファイアঌフライ」は、どのように制作分担していったんでしょうか。

煮ル果実 まず最初に、僕が曲全体の設計図を作りました。1番と最後の展開を大体作って、2番だけを空けておいて、そこは、いよわくんに任せる、という形です。明確にパートを分けつつも、ピアノは全編通していよわくんに弾いてもらったので、全体に"いよわ成分"がしっかり入っていて。いよわくんとのコラボは初めてだったので、「どう進めたらいいのか」は、結構悩みました。でも、彼とは知り合って5年くらい経つし、彼の楽曲をよく聴いてきたので、どうやれば彼とうまく混ざり合えるかみたいなところは、音に落とし込むことができたと思っています。

――いよわ成分を表現するためにやってみたことは何ですか?

煮ル果実 とにかく、いよわくんのリスナーさんが「いよわ感」を感じる要素を入れるようにしました。面白いのは、そのいよわ感を作ったのは、彼じゃなくて僕、というところ(笑)。リスペクトと騙しのギミックをうまく取り入れることで、僕といよわくんの音楽的な接続部分を増やしたかったんです。今回、いよわくんが参加しやすいように、音の構成や音数はかなり意識していて。音数は多くないんだけれど、ズッシリとした重みのある音で、聴く人を圧倒するような雰囲気がある。打楽器のようなアタック感のあるピアノが特徴的じゃないですか。そこを僕も意識したので、お互いの作風が接続しやすくなったんだと思います。

いよわ 最初に煮ルさんからデモをいただいた時、まだピアノが入っていない状態だったにも関わらず、すでに僕の作風を意識して制作してくださっていることを感じました。最初から参加しやすい雰囲気があったので、ピアノを弾いていく中でもサウンドが寄り添ってくれる感覚があり、不思議な居心地の良さがありました。

――いよわさんが心がけたことも教えてください。

いよわ 僕の担当パートでは、煮ルさんの作風を真似るというよりは、曲全体の展開をスムーズに繋げながら、少しだけ空気感を変えられたらいいなと思いました。敢えて、普段とは違う、少し乱雑で力強いピアノの弾き方も取り入れることで、曲の激情を強調したり。僕自身も曲に溶け込みたいと思っていたのは同じです。

煮ル果実 「可愛いけど怖い」「可愛いけどグロい」みたいな、相反する要素を両立させた音楽を作りたい、とずっと思っていました。そうした意味でも、“可憐さと残酷さの両立”ができているいよわくんとは、以前から一緒に曲を作りたいと思っていたんです。でも、なかなか僕の作りたい曲が彼の作風に合わなくて…。今回、ようやく彼に合う題材が見つかりました。

――映像担当に、はるもつさんを迎えた理由は何だったんでしょうか?

煮ル果実 いよわくんと同じように、はるもつさんも、可憐さと残酷さを両立できる表現者だと感じていたからです。「ファイアঌフライ」は、2023年に公開された『Pearl パール』というホラー映画からインスピレーションを得て生まれたんですよ。だからこそ、その作品を好きになったり、良さを理解してくれる人と作りたかった。はるもつさんはホラー映画大好きなので、まさにぴったりだと思いましたね。二人には「『Pearl』を観てください」と声をかけて制作に移ってもらった感じで。はるもつさんがいよわくんの作風をリスペクトしてMVを作ってくれたことがすごく感じられたのも良かった。

はるもつ(頃之介) いよわさん味の感じられる動画にしたことについては、煮ルさんがYouTubeに投稿された「ファイアঌフライ」のコメント欄でもリスナーさんから書き込みがあって。「バレたな」と思っていました(笑)。制作当時は、煮ル果実さんといよわさんとご一緒できるなら、私はいよわさんの動画の作り方が好きなので、うまく取り入れたいと考えていたんです。ループモーションは、事前に「参考にさせてもらいます」と伝えていたので、使わせていただいた感じです。あと、映像やキャラクターデザインもいよわさんっぽくしてみたりして。

いよわ いやあ、嬉しいです!めちゃめちゃ好みで、僕の感性にぶち刺さりでしたね(笑)。

煮ル果実 音作りの部分でも話した通り、僕とはるもつさん、二人ともいよわくんへのリスペクトがあるからこそ、この作品の統一感が生まれたんだと思いました。

――MVでは、いよわさんへのリスペクトに加えて、『Pearl パール』の世界観を見事に表現していると感じました。

はるもつ(頃之介) 今回は、全部の情報をMVに散りばめてみました。最後まで観たら、何かを察してもらえるような構成になっていると思います。全体的にレトロな雰囲気を意識して、古い映像を使って時系列を表現したり、『Pearl パール』のロゴを参考にしてみたりと、細かい部分にもこだわりました。いよわさんのループモーションなどを真似させてもらったんですけど、「自分だったらこんなふうにエフェクトを入れるかな」という感じで、自分なりのアイデアを落とし込んでいます。

煮ル果実  MVで何度も使われている万華鏡みたいなエフェクトが気になっていたんですけど、あれにはどういう意図があったんですか?

はるもつ(頃之介) 現実逃避感と華やかさを表現したくて。万華鏡は、キラキラして綺麗だけど、少し気持ち悪い部分もありますよね。そういう両面性を出したかったんです。この万華鏡は、素材も含めて一から自分で作りました。

煮ル果実 シーンの切り替わりにも効果的に使われていて、すごく良かったです。

――煮ル果実さんといよわさん、それぞれのパートのv flowerの声質の違いに、お二人の個性が出ていたのも聴きどころでした。

いよわ 僕はv flowerを使うのは久しぶりだったので、以前使っていた時の感覚を思い出しながら調声しました。特に、煮ルさんのv flowerと聞き分けられるようにしようとは意識していなくて。完成した曲を聴いたら、パートごとに声の性質が違っていて面白かったです。

煮ル果実 僕も調声は特に意識していませんでした。いつも通り、好きなように調声しただけで。ただ、いよわくんのデータをもらった時に、すでに、いよわ感があったんです。不思議に思って分析してみたんですが、どうやらハモリの使い方に秘密があるなと。「こういう風に調声すると、こんな響きになるんだ!」と、僕もボーカルについて改めて考えるきっかけになりましたね。今回は、僕のパートでもハモリを強めにしたことで、いよわくんとの相性の良さにも繋がったと思います。「ここ、いよわか? いや、煮ルか…いや、いよわか?」みたいな、曖昧な感じを目指していて(笑)。

いよわ みんな、煮ルさんの手のひらの上で転がされているんですよ(笑)。僕はコーラスが大きめのほうが好みなんです。普段は、主旋律に加えて、上下にハモるパートを必ず入れるような作り方をしています。世間一般的にはサビだけにコーラスをたくさん入れることが多いですけど、僕はずっとハモリを入れているのが好き。今回もAメロなどの担当パートでも、コーラスを大きめにエディットしていました。

――はるもつさんといよわさんは、イラストを描く共通点がありますが、この機会に、いよわさんからはるもつさんに聞いてみたいことはありますか?

いよわ はるもつさんのイラストの色彩やテクスチャの緻密さがとても好きで、それに加えて映像における歌詞の取り扱い方がすごく上手だなと、いつも感心しています。映像を作る上で、歌詞等テキストの見せ方で何か意識していることがあれば教えてほしいです。最近の僕のMVでは、右端に歌詞を淡々と表示させるだけ、みたいなことが多くなってきてしまっているので…。

はるもつ(頃之介) 実は私、文字入れは苦手で、いよわさんの手書き文字や、曲のストーリーに合わせて文字を動かす表現がすごく良いなと思っていました。意識していることは、ポスターっぽいイメージで歌詞を入れることです。歌詞も絵の一部になるように、配置やフォントを決めています。

いよわ まさにレイアウトやデザインの領域に近いんですね。MVのどこを切り取っても画になる説得力があると感じていたので、今のお話はすごく納得感がありました。僕は、まずイラストの素材を書き終わってから映像のことを考えるので、後から焦ってしまうことが多いんです。はるもつさんのように、歌詞を含めた全体を見通しながら、一体感を意識して制作してみたいと思います。

はるもつ(頃之介) ありがとうございます。楽しみにしています。

煮ル果実 メロディーで言うと、僕のギターソロといよわくんのピアノソロが混ざり合った後の、ピアノと歌だけになる〈映し出す饗宴は美しくて〉の部分。ここからは僕がメロディーを担当して、いよわくんがそのメロディーに合う歌詞を書いてくれた、一番、ふたりが一つになったパートです。ここはもともと、僕がメロディーと歌詞の両方を作る予定でした。でも、僕が書いた歌詞がどうもしっくりこなくて。そこで、いよわくんに歌詞をお願いすることにしたら、僕の想像をはるかに超える歌詞が届いて…。

いよわ 普段はメロディーを先に作って、そこに合う歌詞を後から考えるんですよ。煮ルさんからもらったメロディーにどんな歌詞を付けようか、どんな母音が合うかな、と考えるのは新鮮で不思議な感覚でした。「本当に僕が書いてもいいのかな?」。そう思いながらも、嬉しかったですね。

煮ル果実 音が減って、歌声が際立つフレーズなので、そこを「いよわくんはどう演出するんだろう。見物だな」と思っていました。

いよわ ……試されていたんだ(笑)。

――2024年は「灰Φ倶楽部」をはじめ、「ファイアঌフライ」と、アルバム『MWLÁND』収録曲のインタビューをおこなっていますが、それにしても、ホラー作品の影響を強く受けた楽曲が多いですね。

煮ル果実 そうですね。僕の根底には、理不尽さとか、無力への反抗。そうしたテーマがあるので、もともとホラー映画との親和性が高いと思います。ホラーには、社会から見下されたマイノリティの人たちの反抗とか、爆発力、破壊衝動、無力に対する抵抗みたいなものが詰まっていると感じていて。そういうものを表現したいという思いがずっと昔からありました。それが『MWLÁND』で、やっと具現化できてきたというか。それに、単純にホラーが好きだしね(笑)。はるもつさんも、ホラー映画好きで有名なので(笑)。

はるもつ(頃之介) 有名でしたっけ?(笑)正直、自分でホラーを描いているつもりはなかったんですけど、いつの間にか「ホラーを作る人」みたいになっていて、不思議な気持ちです(笑)。煮ルさんには少し話したことがあるんですけど、ゲームでもお化け屋敷でも、映像や音楽でも、ホラー作品は、相手に不快感を与えて驚かせるための性格の悪さとか、小賢しい発想がすごく感じられるところが好きなんです。

いよわ 僕は、自分を脅かす系のホラーとか、怖い見た目のものがバーッと出てくるだけのホラーは苦手なんです。でも、心にじわっと刻み込まれるような、ゾクゾクする怖さのホラーは好みですね。違和感に近いものというか。自分の作品でも、そういう“違和”を“可愛さ”で包んで飲み込ませることをよく狙っています。より直接的なホラーを描写するなら、まずそれが発生するための文脈が欲しくて。それこそ『Pearl パール』は、抑圧された人間の感情の爆発が描かれていたので、怖さを通り越して爽快感や破壊的なカタルシスを感じられる作品でした。『Pearl パール』も「ファイアঌフライ」も素晴らしい作品だったので、自分もホラーに対する解像度をもっと高めていきたいと思いました。

煮ル果実 やっぱりこの3人は、“違和感”を大事にしていることで共通しているんだと思います。ホラーにもいろんな種類があるけど、その中の一つが、ちゃんと僕たちそれぞれの創作スピリットの中に存在しているんじゃないかな。